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「企業の人材投資」
大分県知事 広瀬勝貞
近頃、大企業の幹部からも「会社のことで若い社員と話し合っても、盛り上がらない」とか、「新人が毎年多数辞めていくので困っている」といった心配事をよく聞きます。企業は、経営陣と社員が目指すところを共有し、それぞれ役割を果たしてこそ成り立つものですが、今その前提が揺らいでいるようです。国の方でも、経済産業省がさる研究所の調査を基に日本人の就労意識を世界の国・地域と比較しながら対策を論じています。
その国際比較ですが、先ず驚くのが「現在の勤務先で継続して働きたいと思う人の割合」。インド、中国等の伸びざかりの国・地域だけでなく、オーストラリアやニュージーランドでも8割、あるいは7割の従業員が肯定的なのに、日本ではようやく5割で最低です。現在の勤務先が合わないのなら転職とか起業を考えているのかと思って、調べてみると、その意向のある人の割合も、日本は最低です。
いろいろ考えさせられるデータですが、この中から、いくつかの状況が見えてきます。一つは職業観の変化です。時代とともに変化するところはあると思いますが、小さい頃から家庭や学校で仕事について話をし、「自分は将来何をやりたいか、そのためにどんな仕事を選ぶか、考え、努力し、仕事を得たらより良い成果に結びつける」、そんな期待と覚悟を持つことは、いつの時代でも大事なことです。学校でも若者の心に響くキャリア教育を考えなければならないと思います。
第二に、企業にとっても、人を雇って労働生産性を上げて利益を得てこそ組織の体を成すもので、従業員との関係が、こんなに希薄になったのでは企業の将来性や持続可能性も危ぶまれます。「従業員エンゲージメント」という言葉があります。従業員と企業の関係において、「自分と会社は成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係にある」と思えるかどうかという意味です。これも国際比較がありますが、そう考える人の割合が、日本はわずかに5%で、世界最低です。企業は社会が歓迎し、従業員が誇りを持てるような目的、パーパスを明確にし、それを従業員に説き、共有することが大切です。
従業員に対する教育もその一助になります。教育によって、従業員の意識改革が進み、企業とともに新しいことに挑戦するという一体感が生まれ、双方にとってプラスになるものと思われます。
第三は労働生産性を高めるための投資です。従業員は企業の価値ある財やサービスを作り出す原動力です。企業が労働生産性の上がる投資を行い、実際に成果を上げていくと、従業員は「自分は大切にされている」と実感し、企業に対する例のエンゲージメントを高くするのではないでしょうか。
労働生産性が上がれば給与の改善も可能になりますが、これも重要です。「この会社でしっかり仕事をすれば、家族ともども暮らしていける、子供の教育も心配ない」と確信が持てるようにしたいものです。そうして「所得と成長の好循環」を生みだすと、長期に亘り低迷する経済の突破口になるかもしれません。
近年の日本経済については、よく「失われた30年」と言われます。世界のGDPに占める比率は、1995年の17.6%から2020年には6.0%に下落しています。一人当たりのGDPも今や世界30位とこれも大変な下落です。マクロ経済の方は大変落ち込んできましたが、経済のベースとなるのは、企業の組織やそこで働く従業員です。官民の知恵を結集して、企業の経営力と従業員の生産力の好循環による経済の再活性化を急ぐ必要があります。