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河川・砂防・港湾等

印刷ページの表示 ページ番号:0002039252 更新日:2023年8月1日更新

主要な河川・砂防・港湾事業紹介

河川改修事業砂防事業港湾事業

◎ 河川改修事業

○臼杵川  臼杵市大字臼杵~掻懐

臼杵川周辺では、洪水の際に、河積不足等の影響により家屋の浸水被害が度々発生しています。
また、臼杵川の水位上昇に伴い、支川においても内水被害が発生していることから、浸水被害の解消のため、平成22年度より河川改修事業に着手し、現在、堰の改修や川幅を拡げる工事を進めています。

 

事業前<施工前>

 

臼杵川<施工後>

 

◎ 砂防事業

○津久見川水系 迫ノ奥川 通常砂防事業

迫ノ奥川は、大分県津久見市に位置する2級河川津久見川水系の土石流危険渓流です。
土石流が発生した場合、下流にある人家78戸および市道、幼稚園、保育所、お寺等が被害を受ける可能性があります。
長年の風雨等により荒廃が進んでおり、土石流が発生する恐れがあるため、砂防ダムを設置し、
地域の皆さんの安全・安心を確保します。

 

迫ノ奥川の状況 (令和5年8月撮影)

砂防ダム


○急傾斜地崩壊対策事業  臼杵市大字海添

2号海添地区は、がけ高35m、勾配40°の急傾斜地となっており土砂災害特別警戒区域に指定されています。
そのため、令和元年度より急傾斜地崩壊対策事業に着手し、がけ崩れから住民の生命を守るため、
対策施設の整備を進めています。

 

施工中

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◎ 港湾事業

○臼杵港

臼杵港は、大分県の南東部、豊後水道に面した臼杵湾の湾奥に位置し、天然の良港として、古くは大友氏時代南蛮貿易の拠点として繁栄した港です。

昭和26年の地方港湾の指定以来、背後の国道等が整備されるにつれて、豊富な林産資源や生活物資の流通が盛んになるとともに、本港周辺に立地する鉄工、造船、食品等の企業の原材料、製品の入出荷が年々増加してきました。特に昭和39年に臼杵~八幡浜間のフェリーの就航により、取扱貨物量、入出港船舶隻数がいちじるしく増加し、船舶の大型化も進みました。これに対応するため昭和63年度までに下り松(さがりまつ)地区に岸壁(-4.5m)6バース、岸壁(-5.5m)2バースを、またフェリーの大型化に対処するため、同地区フェリーふ頭(岸壁-5.5m)1バースを整備しました。

その後、港内に在籍している漁船を対象に諏訪(すわ)地区、下り松(さがりまつ)地区に小型船だまりを整備していますが、平成13年の東九州自動車道臼杵ICの開通等の高速道路体系の整備に伴う港湾機能の強化や良好な港湾環境の保全・創出等の要請に応えるため、平成19年度に港湾計画を改訂し、更なる港湾整備を目指しています。

 加えて、モーダルシフトを背景に増加するフェリー需要から、平成15年度より下り松(さがりまつ)地区に新たなフェリー岸壁として、全体2バース計画のうち1バース目の整備を行っています。令和4年度より2期計画2バース目の整備にも着手しました。

 

臼杵港(下リ松地区)の状況 (令和5年7月撮影)

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臼杵港

○津久見港

津久見港は県南リアス式海岸線により形成された津久見湾の湾奥に位置し、東は豊後水道を経て愛媛県の南西部海岸、佐田岬より宇和島港に至海岸線に相対しており、地形、水深に恵まれた天然の良港として、往時より内海交通の要衝として繁栄してきました。

港の北部は臼杵湾と津久見湾を分離する突出海岸線の半島となり、西部は本港取り扱い貨物の大半を占める石灰石資源の供給地となっています。

本港に控える津久見市は埋蔵量45億トンを誇る石灰石を原料としたセメント工業を基幹産業としています。
一方、リアス式海岸特有の傾斜地を利用した津久見みかんは、その質、量とも古くから知られています。

津久見港は、遠く江戸時代の石灰焼きに始まり、明治後期わが国にセメント工業・製鉄工業ならびにソーダ工業が開発されるにおよんで石灰石需要は急増し、これとともに港湾はいちじるしい伸長を来たしました。

その後、昭和3年税関の設置、昭和9年内務省指定港湾編入とともに津久見港港湾施設の整備必要性が痛感され、修築工事の議が起こりました。これにともない昭和13年計画立案ののち昭和15年より修築工事に着手し、昭和13年小野田セメント津久見工場の発足により、津久見港は石灰石をもとより、セメントの積出港として名実共に鉱工業港として発展の端を開いてきました。

戦後、昭和23年運輸省によって本県唯一の産業整備港として整備が進められ、昭和26年には-9m岸壁1バースが完成し、1万トン級の船舶の接岸も可能となった。また、この間昭和24年9月東九州唯一の開港に指定され、ヨーロッパ各国および東南アジア諸国との交易はいよいよ盛んとなり、昭和26年12月重要港湾指定および昭和27年の指定保税地域指定を経て、港勢は急速な発展を遂げ現在に至っています。

港湾施設については、その中核的施設が昭和20年代~30年代に整備されたもので、老朽化、陳腐化が見られるため、効率的で快適な港湾空間形成、また、岸壁が震災時における救援物資等の緊急輸送に対処できるよう、大規模地震対策施設として青江地区に-5.5m岸壁1バースが完成、港湾再開発とあわせて、-4.5m岸壁1バース、埠頭用地3万m2の公共埠頭も整備しました。
千怒広浦地区では貨物船の休憩用としての-5.5m岸壁240mが平成15年に完成し、堅浦地区では-7.5m岸壁130mが平成28年度に完成しました。
現在は、堅浦地区において小型船だまりの整備を平成29年度より行っています。

 

津久見港(堅浦地区)の状況 (令和5年7月撮影)

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津久見港

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