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大分県でも「100ha超え」の規模拡大に成功!
「アグリビジネスは、社員に夢を語れる産業です」。そう言って胸を張るのは〈株式会社らいむ工房〉の佐藤司会長だ。2010年、わずか60aの田んぼからスタートし、10年余りかけて130haにまで規模を拡大。売上も670万から約3億に飛躍したという成長ぶりが、その言葉を裏付ける。大分県内における異業種からの農業参入事例の中でも、トップクラスの成功を収めている企業だ。妻の朋美さんが社長として共に経営を行っている。
▲佐藤司会長と妻で社長の朋美さん。二人三脚でアグリビジネスを成長させてきた
地域貢献を目指し「脱サラ」「Uターン」からの農業参入
佐藤会長はもともと、県外を転々とするサラリーマンだった。その人生が一転、農業の世界に足を踏み入れたきっかけは、父親が亡くなったことだった。大分空港の程近くに事務所を構える〈佐藤建設株式会社〉の社長であり、兼業農家として米作りも営んでいた父親。その跡を継ぐことに迷いはなく、Uターンすると早々に建設業の経営者に転身した。
ただし「農業」については、続けるのか、それとも手放すのか、いったんは頭を悩ませたと言う。
「初っ端から、トラクターとコンバインが同時に故障して。買い換えるために見積りを取ったところ、60aで得られる収入に対して数十倍の投資が必要だと分かったんです。辞めるか、あるいはいっそのこと大規模に展開するか。どちらかを選択しなければならない中で、冷静に周囲を見渡してみると大規模に事業をしている農家がなかったんですよね。結論的に、これをビジネスチャンスだと捉えました」
▲自社の圃場にて。地域に貢献したいとの思いから農地は持ち主から借り、借地料を支払うスタイルが多い
その決断を後押しした背景が3つあった。1つ目は、高齢化が加速する地方の例に漏れず、国東市にも耕作放棄地が増えていたこと。2つ目は、周囲にも兼業農家が多かったが、その顔に笑顔がなかったことだ。せっかくの休日を使ってツラそうに農業をしている様子を見て、「楽しく農業ができたら」という思いが募ったと言う。そして3つ目は、国東市武蔵町の誇りだった小ねぎが、担い手の高齢化によって産地が衰退していたことだ。
「なんとか農業を盛り上げて、また地域を元気にできないか」。地域に貢献したいという思いが、アグリビジネスの扉を力強く開いた。
“100ha”の夢を叶えた「覚悟」と「努力」の日々
アグリビジネスを佐藤建設の事業部制にせず、別会社として起ち上げたのは、本気で農業に取り組みたかったからだ。
「異業種参入に失敗する要因として、“本業の隙間”に農業をしていることが挙げられると思います。農業はそんなに甘くないし、真剣に取り組む覚悟が必要。ですから私は、佐藤建設の社員に農業はさせないし、らいむ工房の社員に建設業の仕事はさせません」
それほどの覚悟で挑んだものの、参入してまもなく、らいむ工房は苦戦を強いられることになった。規模拡大に不可欠な農地の確保が思惑通りに進まなかったのだ。
「まずは30haから始めようと計画しました。耕作放棄地も多いし、すぐに確保できると考えていたのですが、意外にも地元の反応は厳しいもので…30haを集めるのに、なんと7年もかかってしまったんです。“農業未経験者には貸せない”“建設会社が中途半端にやるのだろう”というのが理由でした。当然その間は、赤字続きです」
▲山と住宅地と農地がコンパクトにまとまった地域。自社最大の圃場でも30aほど。点在する小さな圃場を集めて大規模経営を営んでいる
そもそも、大分県で農業に参入する際、面積の大きな圃場に巡り合うことは難しい。個々が保有する小さな圃場が転々と存在する分散錯圃の典型で、約10aほどの圃場を何枚も集めて、規模を拡大する必要がある。
「夢を聞かれた時、“100haにする”と言ったらみんなから無理だよと笑われましたけど、絶対にやり遂げようと思いました。儲かる会社に育てなければ、大分の農業文化自体が成立しないことになりますから」
佐藤会長は、農地を増やすために高齢化した農家から圃場を借り、借地料を支払うことでWin-Winの関係を築こうと試みた。そして理解を得るため、少ない農地でも懸命に農業に取り組む姿を見せた。
すると次第に、反対よりも応援してくれる人が増えていった。7年目以降は年平均15haの農地を安定して確保できるようになり、M&Aにも成功。2023年時点で保有する農地は、すでに夢に語った100haを超え、130haに及んでいる。
未経験から「思考する農業」で人材と産地を育てる
130haの農地は、なんと約1100枚もの圃場から成る。そうと聞くと驚くが、ITの技術を活用すれば問題なく管理が可能な時代。作業内容や各種データは営農支援ツール「アグリノート」で記録し、全従業員に共有している。農地が増えるにつれ、品目も米に加えて大豆、麦、小ねぎも栽培するようになり、業務の効率化や土作りにも力を入れた。従業員数は約50名に及び、地域の雇用拡大にも貢献している。
▲新たに20代2名を迎えた2023年度の入社式。農業未経験者を一から育成する社風
佐藤会長は、こうした農地の管理や従業員の教育に、独自の経営手腕を発揮している。
特に大切にしているのは、農場の経営を従業員に任せること。米穀部門、小ねぎ部門に1名ずつ農場長を置き、さらにエリア分けした圃場をチーム制で担当させている。興味深いのは、農業経験者がいないということだ。
「土地の環境や天候にも左右される農業は、栽培手法が無限にあります。ですから、経験もですが“思考する”ことがもっと大事。農業経験者を雇用したこともあるのですが、その瞬間、何が起きたと思いますか? 従業員の思考が停止し、言われたことだけをやるようになったんです。それでは成長できません。うちでは前向きな失敗は大歓迎。チャレンジ精神にあふれた若者たちが、国東じゅうを走りまわっています」
▲社員の平均年齢は34歳。先輩から後輩へと知識が受け継がれている
規模拡大、そして社員の主体性に任せた経営が功を奏し、売上は右肩上がりの急成長。特に小ねぎに関しては、味一ねぎ部会の中でも反収がトップクラスで、出荷量も全体の約15%を占めるほど、今では産地を背負う頼もしい存在だ。
▲収穫した味一ねぎの調整を行う様子。最後は従業員の手で1本1本丁寧に整えて出荷
安定経営に飽くことなく「攻めのアグリビジネス」を楽しむ
こうして安定経営の軌道に乗ったらいむ工房。定期的な収入源になる施設園芸農業(小ねぎ)と、年間数回の大きな収入源になる土地利用型農業(米、麦、大豆)をバランス良く取り入れたことも、経営を安定させる鍵となった。
そんな昨今、新たな挑戦にも余念がない。
例えば、「むらさきもち麦」の栽培と販売。近年、食物繊維の豊富さが注目を集めている健康食材だ。朋美社長が健康のために食べ始め、その良さを実感したことから栽培に踏み切ったもの。朋美社長は「実体験と共にその良さを伝えたい」と、デトックスアドバイザーやマクロビオティックインストラクターなどの資格を取得し、イベントや料理教室を通じて積極的にPRをしている。むらさきもち麦の商品開発にも積極的。ECサイトなどを通じて加工品を販売している。
▲食物繊維を白米の約30倍含む「むらさきもち麦」。調理の手間要らずな「蒸しむらさきもち麦」など、商品ラインナップが増えつつある
また、らいむ工房をモデルケースに、豊後大野市に50haの圃場を展開する関連企業〈株式会社晴舞台〉も起ち上げた。
今後は、従業員の独立を支援できるよう、販売先を担保できる仕組みづくりにも力を入れたいと意気込み、すでに、販路をもつ企業と共同出資する新たな会社を起ち上げる準備が進んでいる。
「失敗を恐れず、上手くいかない時も諦めないことが肝心。やると決めたら途中で投げ出さないこと」を信条に、異業種からの農業参入を成功させた佐藤会長は、「100haで農業をやる」という目標を叶えた後も、規模を拡大する攻めのビジネスを楽しんでいる。その原動力を問うと、こんな答えが返ってきた。
「建設業は、営業成績や入札に左右されるので黒字になる保証はありません。その点、農業の利益は積み上げ式なので、根拠のある売上を見据えることができます。もちろん、農業は天候勝負なので、毎年事業計画通りの数字には着地できませんが、予定通りに行けばしっかりと利益を出せるどころか、全てが恵まれた瞬間にめちゃくちゃ儲かるビジネスだと思うんです。そんな夢を持てることが原動力であり、ビジネスとしての魅力に溢れた産業だと思います」
農業を行う法人名 株式会社らいむ工房 |