大分県の植生
このページの掲載内容は、「レッドデータブックおおいた(2001)」によっています。
1.大分県の植生を支配する環境要素
大分県は九州本島の北東部,北緯32゜43'~33゜44',東経130゜50'~132゜11'に位置しており,県東部は黒潮が洗う外洋に面し,県北部は内海の周防灘に面している。内陸地は県の北西部から西部にかけて英彦山や津江山地,南西部は九重火山群,南部は祖母・傾山系の峻嶺が屏風のように連なって,大分県を半円状に囲んでいる。
本県の気候は大局的には暖温帯夏雨型多雨気候域に属しており,県南部は夏の降水量が多い典型的な西南日本太平洋型気候域であるが,県北部は年間降水量が1600mm以下となって瀬戸内型気候へ移行する。また県北西部の山地は冬季北西季節風をまともに受けて,日本海型気候の影響が植生にも反映されている。沿岸部の植生は海流の影響が大きく,黒潮が洗う県南部の沿岸地域は,緯度に比べてより暖かく,暖地性大分県の植生の植物を多く伴った植生が成立する。大分県の気候区を川西博(1988)は瀬戸内型Ⅰ,瀬戸内型Ⅱ(南海型から瀬戸内型への移行帯),南海型,内陸山地型の4つに分けているが,この気候区分と大分県の植生の地域性はよく一致している。
地質と植生の関係についてみると,西南日本の地質構造を内帯と外帯に2分する中央構造線が,大分県の中央を東西に走っており,これを境にして対照的な植生が成立する。
外帯の県南部は新生代第三紀に形成された祖母・傾山系のような古い火山が一部にあるが,大部分の地域は古生代や中世代に形成された三波川帯,秩父帯,四万十帯などの基盤岩が露出する非火山地帯であって,ここにはソハヤキ要素といわれる西南日本外帯に固有の植物が生育している。また壮年期に達した祖母・傾山系の地形は険しく,ここには気候を反映した森林帯が開発からまぬがれて残っている。
これに対して内帯の県北部や中部は新生代第四紀の火山活動による火山噴出物によって広く覆われている。中でも県中部は九重火山群や由布・鶴見火山群などの若い火山が多く,しかも阿蘇溶岩が大野川や大分川に沿って流入しているため,火山地帯特有の植生が成立する。また,この地域のフロラは氷期のころに南下した遺存植物が多い。
2.大分県の植生の地域性
大分県の植生は太平洋型気候,瀬戸内型気候,内陸山地型気候といった気候的要因,内帯と外帯,火山地帯と非火山地帯といった土地的要因,これに地史や海流などの要因が重なって,地域に特有の植生が成立する。この植生の地域性は図1のように6つに大別できる。
Ⅰ・1-A:太平洋型気候域(沿海型)・非火山地帯の植生
太平洋型気候域・非火山地帯の植生は東部の沿海地域と西部の内陸地域で大きな地域差が認められ,沿海型と内陸型に分かれる。これは高度的な差違ばかりでなく黒潮効果が深く関わっている。
この地域は九州山地の東端が豊後水道に沈んでリアス海岸を形成し,これを黒潮が洗って沿岸部は無霜地帯となる。豊後水道に突出した半島の崖地は,地史や土地的な要因を反映して,常緑硬葉型のウバメガシートベラ群集が成立する。また潮風が強い沿岸にはマサキ-トベラ群集,ハマビワ-オニヤブソテツ群集が成立し,ここには黒潮効果を反映してアコウ,ビロウ,ハマオモトなどの暖地性植物が自生する。年平均気温17℃,年間降水量2000mmを超えるこの地域は,沿岸部にタブ-ホソバカナワラビ群集やスダジイ-タイミンタチバナ群集,やや内陸部へ入るとコジイ-クロバイ群集,イチイガシ群集,ウラジロガシ-サカキ群集,アカガシ-ミヤマシキミ群集などが成立する。なお低地の神社林にはハナガガシの残存林があり,この群落の北限地になっている。また尾根の岩角地には九州東部の外帯に特有のアカマツ-オンツツジ群集が成立する。
Ⅰ・2-A:太平洋型気候域(内陸型)非火山地帯の植生
この地域は祖母山(1756.7m),傾山,新百姓山,夏木山,桑原山など,標高1400~1700mの峻峰が続く九州山地とその山麓の地域である。古生代の基盤岩に第三紀の祖母火山岩が貫入してできたこの山系は,ソハヤキ要素といわれる西南日本外帯に固有の植物が生育しており,太平洋型気候を反映した森林帯が発達している。
植物の活動期間の尺度を月平均気温10℃以上の月を生育期間とし,それ以外は休眠期間としてあらわすと,大分県は標高400mまでは生育期間8か月であって,シイやイチイガシの群集が成立する。標高500mで生育期間は7か月となるが空中湿度が高くなってウラジロガシ-サカキ群集やアカガシ-ミヤマシキミ群集が成立する。標高700mで暖かさの指数85,寒さの指数-9.1になって,この付近が常緑広葉樹林帯の上限になる。
図1.大分県の植生の地域性区分図
標高700mから1200mの間は生育期間6か月であって,西南日本外帯に特有のモミ-シキミ群集,ツガ-ハイノキ群集が成立する。これらの群集はヤブツバキクラスの標徴種を伴った針葉樹林で中間温帯の性格が強い。
標高1200mを越えて生育期間5か月になるとブナ-スズタケ群集が成立し,暖かさの指数60,寒さの指数-20付近がツガ帯とブナ帯の境界になっている。
日本の亜高山帯針葉樹林は暖かさの指数15~45,生育期間1か月以上~4か月未満の高度に成立している。大分県は標高1700mで暖かの指数43であるが,標高1800mになっても生育期間は4か月であって,なおブナ林の成立を許す温度条件である。そのため大分県の森林帯はブナ帯までであって亜高山帯針葉樹林は成立しない。
壮年期に達した祖母・傾山系の地形は険しく,尾根の岩角地はヒメコマツ-ヒカゲツツジ群集が成立し,深い渓谷はシオジ-ミヤマクマワラビ群集が成立する。
Ⅱ・1-B:瀬戸内型気候域・旧火山地帯の植生
周防灘に面した地域は年平均気温15℃,年間降水量1500~1600mmであって夏季の雨量が少ない地域である。また冬季は周防灘を吹きぬける冬季北西季節風の影響でしばしば降雪をみる。この気候を反映して,沿岸地域のシイ林はスダジイ-ヤブコウジ群集,内陸部はコジイ-クロキ群集が成立する。また,凝灰岩上は夏季の乾燥も加わってイブキシモツケ-イワヒバ群集,イワシデ群落,アカマツ-ヤマツツジ群集が成立する。
Ⅱ・2-B:瀬戸内型気候移行域・旧(非)火山地帯の植生
別府湾に面した地域で太平洋型気候から瀬戸内型気候への移行帯に相当する。アコウ,ハマオモトなどの暖地植物やウバメガシ-トベラ群集の生育地は,佐賀関半島の南側までであって北側には及ばない。豊後水道を北上した黒潮が国東半島の南東部沿岸にぶつかる付近は,局所的にスダジイ-タイミンタチバナ群集が成立するが,そのほかの沿岸地域はスダジイ-ヤブコウジ群集のイズセンリョウ亜群集である。またⅡとⅢの気候域はタブーイノデ群集が成立する。
Ⅲ-B:内陸山地型気候域・旧火山地帯の植生
第三紀中新世から第四紀更新世の火山岩類からなる英彦山,釈迦ヶ岳,酒呑童子山など標高1100~1200mの山々が連なる古い火山地帯である。年間降水量は2000~2600mm,標高80mの日田盆地は年平均気温14.3℃,水系に恵まれて,しかも気温の日較差が大きいために霧が発生しやすい。このような気象条件であるために林業が盛んで,丘陵帯から低山地帯はスギ植林地に開発されている。
古い火山地帯であるため,祖母・傾山系と同様に気候を反映した森林帯が発達している。しかし,英彦山のブナ林はスズダケのほかにクマイザサを伴って,太平洋型気候要素の退行が目立つようになる。丘陵帯では中国地方西部や九州東北部に特有のシイモチ-シリブカガシ群集が成立し,低山地帯のツガ林では太平洋側要素のヒメシャラがヒコサンヒメシャラに代り,日本海側要素タムシバを伴うなど,日本海型気候の影響が強まってくる。
また犬ヶ岳や鷹ノ巣山などの筑紫溶岩上には第三紀遺存植物群落のヒノキ-ツクシシャクナゲ群集が残存し,耶馬溪溶結凝灰岩上にはイワシデ群落が成立する。
Ⅲ-C:内陸山地型気候域・新火山地帯の植生
九州本島最高峰の大船山や久住山(1787m),稲星山,星生山,三俣山など,標高1700m級のトロイデ火山が集まった九重火山群,並びに由布・鶴見火山群とその山麓地域であって今も一部で硫気が噴出するなど,地質年代の若い火山地域である。標高828mの飯田高原は年平均気温11.3℃,冬季の積雪日数は年平均30日,時には30~50cmの積雪を見ることもある。
九重火山群は祖母・傾山系と緯度や海抜高度がほぼ同じであるが,土地的な要因が異なるために,祖母・傾山系のような森林帯はできないまま,火山地帯特有の植生が成立する。
山頂付近の植生は冬季北西季節風の影響も加わって,標高1500m付近が森林限界になって,ミヤマキリシマ-マイヅルソウ群集が成立し,高山帯の相観によく似た火山山頂帯植生を形成する。山地帯のブナ-スズタケ群集は貧弱で,ミズナラ-リョウブ群集やノリウツギ-ヤマカモジグサ群集などの退行林が目立つ。低山地帯は西南日本太平洋型気候域に特有のモミ・ツガ林は退行し,代ってクヌギ-ミツバツチグリ群集,コナラ-コバノガマズミ群集,クマシデ-コガクウツギ群集が成立し,浅い谷はケヤキ-ヒメウワバミソウ群集が成立する。
山麓の火山高原一帯は定期的な火入れ,採草,放牧などの人為が加わってススキ-トダシバ群集が広範囲にわたって成立する。また局所的ではあるが,凹地形の湿地にはヨシ-ヤマアゼスゲ群集やヌマガヤ-ヒメミズゴケ群集で代表される湿原植物群落を形成する。
丘陵地帯は河川に沿って火山溶岩や火砕流が流入している。大部分が安山岩類であって,ここにはシイ林が成立しにくく,代ってアラカシ-ジャノヒゲ群集が成立する。